2007年単身赴任先宮崎で土日の楽しみとして巡った「神社」の奥深さに惹かれ、それ以来神社探訪を続けています。神社の位置・ご祭神・神紋・鳥居・本殿を中心に気ままに書きなぐっています。ご訪問ありがとうございます。
2011-09-25
関東 神社の領域その2
より大きな地図で 久伊豆神社/鷲宮・鷲神社/氷川/香取 境界 を表示
関東神社分布。
埼玉県を中心に綾瀬川と元荒川の間に武蔵七党に由来を持つ「久伊豆神社」が多く鎮座している。そしてその北西が、鷲(鷲宮)神社群である。元荒川から西側は「氷川神社」群が広がり、綾瀬川から西には「香取神社」群が拡がる。関東独特の神社分布である。
(氷川・香取は、境界付近の神社しかプロットしてませんが、実際はその両端に多くの神社が点在しています)
2011-09-18
側高神社_香取神宮第一摂社
今日は、ゴルフにて香取・佐原方面へ。練習場で、試したクローズドスタンスが功を奏し、2か月ぶりの80台。とっいても45:44のギリギリ。まあでも満足。
さて、そのついでに早めに出発し、香取神宮第一摂社「側高神社」へ参拝。

ご祭神は、高皇産霊尊・神皇産霊尊・天日鷲命・経津主命他とされているが、実は、古来より秘匿されていて不明なのだそうだ。「側高の神」としか言えないらしい。伝承では、香取の神の命により陸奥より馬2000匹を捕えて戻ったところ陸奥の神が追いかけてきた。そこで側高の神は潮干珠で潮を引かせ、馬を下総の地に渡らせた。馬を渡し終えると今度は潮満珠で潮を満たし、陸奥の神が追い付けないようにした。まるでモーゼ!!

神紋は、十六菊と五七桐。香取神宮と一緒である。

境内入口に、「四つの甕」というものがある。その瓶が、春の甕、夏の甕、秋の甕、冬の甕と呼ばれ、それぞれの甕の中の雨水量がその年の降水量を占うと伝わっている。

本殿は一間社流造のようです。屋根は、銅板葺。昔は茅葺だったそうです。第一末社「大戸神社」は次回に。
さて、そのついでに早めに出発し、香取神宮第一摂社「側高神社」へ参拝。
ご祭神は、高皇産霊尊・神皇産霊尊・天日鷲命・経津主命他とされているが、実は、古来より秘匿されていて不明なのだそうだ。「側高の神」としか言えないらしい。伝承では、香取の神の命により陸奥より馬2000匹を捕えて戻ったところ陸奥の神が追いかけてきた。そこで側高の神は潮干珠で潮を引かせ、馬を下総の地に渡らせた。馬を渡し終えると今度は潮満珠で潮を満たし、陸奥の神が追い付けないようにした。まるでモーゼ!!
神紋は、十六菊と五七桐。香取神宮と一緒である。
境内入口に、「四つの甕」というものがある。その瓶が、春の甕、夏の甕、秋の甕、冬の甕と呼ばれ、それぞれの甕の中の雨水量がその年の降水量を占うと伝わっている。
本殿は一間社流造のようです。屋根は、銅板葺。昔は茅葺だったそうです。第一末社「大戸神社」は次回に。
2011-09-03
大生神社&鹿島神宮摂社_坂戸社・沼尾社
常陸風土記に曰く「下総の海上国造の領内、軽野より南1里と那珂国造の領地寒田より北5里を割いて、新しく神郡を置いた。そこにある天の大神の社、坂戸の社、沼尾の社、三処を合わせて、すべて香島の天の大神と言う。」
坂戸の社=天児屋根命、沼尾の社=経津主命である。天の大神の社のご祭神が不明とされているが、流れからすると健御雷之男神(タケミカヅチノオガミ)となる。
現在の、鹿島神宮=天の大神の社という説があるが、鹿島神宮には元宮とよばれた神社があり、それが「大生神社」である。この地域一帯を支配していた多(飫富・意富)氏一族の祖神を祀る神がもともとあり、それを藤原氏が神換えを行い遷宮させたのであろうか。大生神社の現在のご祭神は、健御雷之男神である。

潮来の北側、霞ヶ浦・北浦に挟まれた場所に位置する。

拝殿左には見事な神木が屹立している。

本殿は、三間社流造、元茅葺にて、向拝をもつ曲線が独特の造りとなっている。
鹿島神宮の北のはずれ坂戸社・沼尾社がある。鹿島神宮跡宮とこの2社は南北に並んでいる。(跡宮はまたの機会に参拝したい)まずは「坂戸社」へ。

奥深い林の中に、今はひっそりと鎮座してる。

拝殿・本殿はちゃんとある。

最後に、沼尾社へ。

こちらも今は、草繁る林の中に。
坂戸の社=天児屋根命、沼尾の社=経津主命である。天の大神の社のご祭神が不明とされているが、流れからすると健御雷之男神(タケミカヅチノオガミ)となる。
現在の、鹿島神宮=天の大神の社という説があるが、鹿島神宮には元宮とよばれた神社があり、それが「大生神社」である。この地域一帯を支配していた多(飫富・意富)氏一族の祖神を祀る神がもともとあり、それを藤原氏が神換えを行い遷宮させたのであろうか。大生神社の現在のご祭神は、健御雷之男神である。
潮来の北側、霞ヶ浦・北浦に挟まれた場所に位置する。
拝殿左には見事な神木が屹立している。
本殿は、三間社流造、元茅葺にて、向拝をもつ曲線が独特の造りとなっている。
鹿島神宮の北のはずれ坂戸社・沼尾社がある。鹿島神宮跡宮とこの2社は南北に並んでいる。(跡宮はまたの機会に参拝したい)まずは「坂戸社」へ。
奥深い林の中に、今はひっそりと鎮座してる。
拝殿・本殿はちゃんとある。
最後に、沼尾社へ。
こちらも今は、草繁る林の中に。
2011-08-28
星宮・星 神社群
より大きな地図で 星宮神社&星神社 を表示
関東は前にも書いたが、氷川・香取・鹿島など、地域を完全に分けるように鎮座している神社が多いことに驚かされる。その一つを紹介したい。
栃木県には、やたらと「星宮神社」が存在する。星の神・天香香背男命を祀る神社が184社もあるといわれている。全部探すことはできないが、可能な限りプロットしてみた。茨城の大甕倭文神社のページで書いたが、まつろわぬ神 天香香背男命こと天津甕星が如何に北関東で崇拝されていたかが良く分かるのでは。神社によっては、根裂神・磐裂神としているところもあるようだ。鹿島・香取の神に制圧されただからだろうか?茨城県にはほとんど見当たらない。
千葉にも何故か「星宮」という神社多くあるが、こちらは天之御中主命が祭神で、千葉氏の妙見信仰からきているようだ。
おもしろい。
2011-08-11
鷲宮神社
2011-08-10
赤城神社(三夜沢)
赤城神社(大沼)
2011-08-09
上野国一之宮 貫前神社(ぬきさき)
上野国一之宮 貫前神社を参拝。一の宮40宮達成。ご祭神は経津主命。宮崎の鵜戸神宮・熊本の草部吉見神社とともに、日本三大下りの宮と言われている。総門をくぐりぬけると、楼門、社殿を見下ろしながら下りてゆく。
本殿は、単層二層からなる独特の社殿形式(貫前造り)。なのだが、残念ながら、修復中につき見る事が出来なかった。そして、この本殿には、「真の御柱」なるものが存在する。神の依代であろう。南向きにある「雷神小窓」から雷神が入り、憑くように造られているのではなかろうか。おもしろい。
静かなたたずまいの神社である。神紋は「三つ巴」のようです。
見事な杉の木が印象的でした。
こちらでは、10冊目となる「御朱印帳」を購入しました。出雲系&国津神系専用(3冊目)にします。
妙義神社
榛名神社
いよいよ、本日のお目当て。昨年来どうしても参拝したかった「榛名神社」へ。榛名神社の一の鳥居は、神社のはるか手前(5kmほど)にあります。

そして、二の鳥居をすぎると重厚な隋神門が待ち構えています。

これだ!!

御祭神は、火産霊神(ほむすびのかみ)、埴山姫神(はにやまひめのかみ)です。火と土の神です。平地は35度の猛暑ですが、こちらは24度と涼しい陽気です。20分かけて山を登ってゆきます。まず禊橋。

森林浴をしながら参道を進んでいきます。

そして、しばらく行くと神橋。

行者渓といわれる「巨石群」。

いよいよ総門が見えてきます。

「双龍門」です。

扉には、登り竜・下り竜。


そして濃紅色と黒のコントラストの社殿。

なんといっても圧巻なのは、本殿の上に立つ「御姿岩」。

下部には洞窟状の空間があり、そこに主祭神をお祀りしています。言葉を失うほどの景観でした。とにかく榛名神社は、すばらしい。なにもかもが、ひと味もふた味も違います。

さて、神紋は「三つ巴」でした。
そして、二の鳥居をすぎると重厚な隋神門が待ち構えています。
これだ!!
御祭神は、火産霊神(ほむすびのかみ)、埴山姫神(はにやまひめのかみ)です。火と土の神です。平地は35度の猛暑ですが、こちらは24度と涼しい陽気です。20分かけて山を登ってゆきます。まず禊橋。
森林浴をしながら参道を進んでいきます。
そして、しばらく行くと神橋。
行者渓といわれる「巨石群」。
いよいよ総門が見えてきます。
「双龍門」です。
扉には、登り竜・下り竜。
そして濃紅色と黒のコントラストの社殿。
なんといっても圧巻なのは、本殿の上に立つ「御姿岩」。
下部には洞窟状の空間があり、そこに主祭神をお祀りしています。言葉を失うほどの景観でした。とにかく榛名神社は、すばらしい。なにもかもが、ひと味もふた味も違います。
さて、神紋は「三つ巴」でした。
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