2007年単身赴任先宮崎で土日の楽しみとして巡った「神社」の奥深さに惹かれ、それ以来神社探訪を続けています。神社の位置・ご祭神・神紋・鳥居・本殿を中心に気ままに書きなぐっています。ご訪問ありがとうございます。
2011-08-28
星宮・星 神社群
より大きな地図で 星宮神社&星神社 を表示
関東は前にも書いたが、氷川・香取・鹿島など、地域を完全に分けるように鎮座している神社が多いことに驚かされる。その一つを紹介したい。
栃木県には、やたらと「星宮神社」が存在する。星の神・天香香背男命を祀る神社が184社もあるといわれている。全部探すことはできないが、可能な限りプロットしてみた。茨城の大甕倭文神社のページで書いたが、まつろわぬ神 天香香背男命こと天津甕星が如何に北関東で崇拝されていたかが良く分かるのでは。神社によっては、根裂神・磐裂神としているところもあるようだ。鹿島・香取の神に制圧されただからだろうか?茨城県にはほとんど見当たらない。
千葉にも何故か「星宮」という神社多くあるが、こちらは天之御中主命が祭神で、千葉氏の妙見信仰からきているようだ。
おもしろい。
2011-08-11
鷲宮神社
2011-08-10
赤城神社(三夜沢)
赤城神社(大沼)
2011-08-09
上野国一之宮 貫前神社(ぬきさき)

上野国一之宮 貫前神社を参拝。一の宮40宮達成。ご祭神は経津主命。宮崎の鵜戸神宮・熊本の草部吉見神社とともに、日本三大下りの宮と言われている。総門をくぐりぬけると、楼門、社殿を見下ろしながら下りてゆく。

本殿は、単層二層からなる独特の社殿形式(貫前造り)。なのだが、残念ながら、修復中につき見る事が出来なかった。そして、この本殿には、「真の御柱」なるものが存在する。神の依代であろう。南向きにある「雷神小窓」から雷神が入り、憑くように造られているのではなかろうか。おもしろい。

静かなたたずまいの神社である。神紋は「三つ巴」のようです。

見事な杉の木が印象的でした。

こちらでは、10冊目となる「御朱印帳」を購入しました。出雲系&国津神系専用(3冊目)にします。
妙義神社
榛名神社
いよいよ、本日のお目当て。昨年来どうしても参拝したかった「榛名神社」へ。榛名神社の一の鳥居は、神社のはるか手前(5kmほど)にあります。

そして、二の鳥居をすぎると重厚な隋神門が待ち構えています。

これだ!!

御祭神は、火産霊神(ほむすびのかみ)、埴山姫神(はにやまひめのかみ)です。火と土の神です。平地は35度の猛暑ですが、こちらは24度と涼しい陽気です。20分かけて山を登ってゆきます。まず禊橋。

森林浴をしながら参道を進んでいきます。

そして、しばらく行くと神橋。

行者渓といわれる「巨石群」。

いよいよ総門が見えてきます。

「双龍門」です。

扉には、登り竜・下り竜。


そして濃紅色と黒のコントラストの社殿。

なんといっても圧巻なのは、本殿の上に立つ「御姿岩」。

下部には洞窟状の空間があり、そこに主祭神をお祀りしています。言葉を失うほどの景観でした。とにかく榛名神社は、すばらしい。なにもかもが、ひと味もふた味も違います。

さて、神紋は「三つ巴」でした。

そして、二の鳥居をすぎると重厚な隋神門が待ち構えています。

これだ!!

御祭神は、火産霊神(ほむすびのかみ)、埴山姫神(はにやまひめのかみ)です。火と土の神です。平地は35度の猛暑ですが、こちらは24度と涼しい陽気です。20分かけて山を登ってゆきます。まず禊橋。

森林浴をしながら参道を進んでいきます。

そして、しばらく行くと神橋。

行者渓といわれる「巨石群」。

いよいよ総門が見えてきます。

「双龍門」です。

扉には、登り竜・下り竜。


そして濃紅色と黒のコントラストの社殿。

なんといっても圧巻なのは、本殿の上に立つ「御姿岩」。

下部には洞窟状の空間があり、そこに主祭神をお祀りしています。言葉を失うほどの景観でした。とにかく榛名神社は、すばらしい。なにもかもが、ひと味もふた味も違います。

さて、神紋は「三つ巴」でした。
2011-07-17
大甕倭文神社(おおみかしず)

今日は、かみさんと常陸の国の神社巡り。まず、向った先は、「大甕倭文神社」。
天津甕星の荒魂を封じ込めた宿魂石の上に、退治を行った倭文神(しどり)=建葉槌神(たけはづち)を祀る奥宮が鎮座している。

古代からの磐座であろう。クサリ場もある重なった岩を登って行くと、そこに奥宮(本殿)が鎮座している。

神紋は「三つ巴」のようです。

拝殿の右横には、建葉槌神が天津甕星を退治している彫刻も掘られていました。
常陸からの北の「まつろわぬ民」の象徴が天津甕星であったのでしょう。大和朝廷の東国制圧の証がこの宿魂石ともいえます。
さて『日本書紀』神代下の一書に、<天神が経津主神・武甕槌神を遣わされて、葦原中国を平定させられた。ときに二柱の神がいわれるのに。「天に悪い神がいます。名を天津甕星といいます。またの名は天香香背男です。どうかまずこの神を除いて、それから降って、葦原中国を平げさせて頂きたい」と。このとき甕星を征する斎主をする主を、斎の大人(イワイノウシ)といった。この神はいま東国の香取の地においでになる。>とある。
現在、香取神宮のご祭神は、香取大神=経津主神。しかし、上記一文は、香取大神=倭文神(しどり)=建葉槌神と言える一文。もしくは、経津主神=建葉槌神とも言える。この辺りの興味はつきないものです。
登録:
投稿 (Atom)



























