2011-07-17

大甕倭文神社(おおみかしず)

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今日は、かみさんと常陸の国の神社巡り。まず、向った先は、「大甕倭文神社」。

天津甕星の荒魂を封じ込めた宿魂石の上に、退治を行った倭文神(しどり)=建葉槌神(たけはづち)を祀る奥宮が鎮座している。
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古代からの磐座であろう。クサリ場もある重なった岩を登って行くと、そこに奥宮(本殿)が鎮座している。
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神紋は「三つ巴」のようです。
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拝殿の右横には、建葉槌神が天津甕星を退治している彫刻も掘られていました。

常陸からの北の「まつろわぬ民」の象徴が天津甕星であったのでしょう。大和朝廷の東国制圧の証がこの宿魂石ともいえます。

さて『日本書紀』神代下の一書に、<天神が経津主神・武甕槌神を遣わされて、葦原中国を平定させられた。ときに二柱の神がいわれるのに。「天に悪い神がいます。名を天津甕星といいます。またの名は天香香背男です。どうかまずこの神を除いて、それから降って、葦原中国を平げさせて頂きたい」と。このとき甕星を征する斎主をする主を、斎の大人(イワイノウシ)といった。この神はいま東国の香取の地においでになる。>とある。

現在、香取神宮のご祭神は、香取大神=経津主神。しかし、上記一文は、香取大神=倭文神(しどり)=建葉槌神と言える一文。もしくは、経津主神=建葉槌神とも言える。この辺りの興味はつきないものです。

酒列磯前神社(さかつらいそざき)

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二番目の参拝は、阿字ヶ浦に鎮座する「酒列磯前神社」。延喜式式内社にして、名神大社。そして旧国幣中社である。祭神は、少彦名命。少し南にある「大洗磯前神社」と一対である。←(こちらは、大己貴命が祭神)
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参道には、両側に珍しくタブの木という樹木が。タブの木は霊が宿る木と言われていてるそうです。
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神紋は「十六菊菱」のようです。
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本殿は、流造。拝殿正面には、左甚五郎作といわれる「ブドウとリス」の彫刻がありました。
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このあと、昼食は、「ひたちなか魚市場」にて、かみさんは<かつおの刺身>私は、<マグロとイカの丼>をいただきました。うまい!!

大洗磯前神社(おおあらいいそざき)

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三社目は、「大洗磯前神社」。こちらも、延喜式式内社にして名神大社。そして旧国幣中社です。祭神は、大己貴命。
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階段を登りきったところにある三の鳥居(中山鳥居)は、先の地震で残念ながら倒壊していました。
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随神門には、白ウサギが彫られていました。
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ご祭神 大己貴との関係でしょう。
さて、当社参拝の2つの目的の一つ。本殿は、誠に麗しい姿でした。
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萱葺きの一間社流造。感動!!
ちなみに拝殿は桁行き五間、梁間二間、一間向拝付入母屋造。(千鳥破風向拝部軒唐破風付)
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神紋は「三つ巴」紋でした。
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そして、最大の目的 神磯の鳥居。
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地震にも負けず、見事に立っていました。

再拝 鹿島神宮

2009年9月に一度参拝している「鹿島神宮」。(神宮の詳細は、クリックしてご覧ください。かなり詳しく書いてます。)

かみさんの希望で再度、参拝。
今回の私の目的は、両一の鳥居。
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まずは、明石の浜にある「東の一の鳥居」。
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利根川に面している大船津にある「一の鳥居」。

今回は、本殿もばっちり撮影してきました。
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二の鳥居は、先の地震で倒壊してしまいました。残念です。
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前回参拝時の写真が下の写真です。
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今日も33℃の猛暑。御手洗池の茶店で、宇治金時のかき氷を二人で食べました。
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一息つきました。

今日の神社巡りはこれにて終了です。

2011-07-03

白山神社

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文京区白山に鎮座する「白山神社」を参拝。この一帯の「白山」という地名の由来である。これにて、東京十社、準勅祭社すべて参拝となる。さてご祭神は、菊理比咩命。創開は古く、天暦年間(947~957)に加賀一宮白山神社を現在の本郷一丁目の地に勧請したと伝えられる。よって、もちろん神紋は、三子持ち亀甲瓜花。
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住宅街に挟まれた狭い境内であった。
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本殿は長い通廊を経て一段高い位置に設けられていて浅間造りのようだが、入母屋造りになっていて浅間造りではないみたいだ。あとで気がついたのだが、アジサイで有名らしい。少し参拝するのが遅すぎました。

*東京十社とは以下の神社です。


根津神社
芝大神宮
神田神社
日枝神社
亀戸天神社
白山神社
品川神社
富岡八幡宮
王子神社
赤坂氷川神社

【参考】荏原神社

2011-07-02

大国御魂神社(おおくにみたま)

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府中市にある「大国御魂神社」を参拝。旧国幣小社にして、<武蔵国惣社>である。中殿に、大國魂大神・御霊大神・国内諸神を祀り、東殿に、小野大神・小河大神・氷川大神、西殿に、秩父大神・金佐奈大神・杉山大神と、武蔵の一宮から六宮までの六社を東西に祀っており、六所宮・六社神社とも呼ばれている。
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造りかえられた随神門の扉には、堂々たる十六八重菊の神紋。
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社殿の構造は、九間社流造、向拝五間、銅板葺、三間社流造 の社殿三棟を横に連絡した相殿造と珍しいものだ。
さすが、武蔵国造が代々奉祀して祭務を司った社である。

2011-06-25

大杉神社

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ゴルフの帰りに、関東、東北地方に分布する大杉神社の総本社 茨城稲敷市阿波にある「大杉神社」を参拝。ご祭神は倭大物主櫛甕玉命(やまとおおものぬしくしみかたまのみこと)。三輪の神様。
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麒麟門という美しい神門をもつ壮麗な神社である。旧社格は郷社だが別表神社となっている。
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拝殿も豪華絢爛。
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ご神木(あんばさま)は境内右奥にある「三郎杉」と裏の駐車場奥にある「次郎杉」
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神紋は「羽根団扇」のようだ。これは、文治年間にはその容貌が巨体、紫髭、碧眼、鼻高であった常陸坊海存(海尊)が大杉大明神の御神徳によって、数々の奇跡を示したことから、海存は大杉大明神の眷属で、天狗であるとの信仰へと発展したからであろう。
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権現造りの本殿も美しい。一見の価値ありでした。
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2011-05-29

上総国二宮 橘樹神社(たちばなじんじゃ)

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ゴルフが中止なった場合、ここまで車を走らせてくるのがもったいので、その前に「上総国二宮 橘樹神社」を参拝。延喜式 式内社である。ご祭神は、弟橘媛。ご神紋は「橘」のようです。茂原市の少し北に位置しています。日本武尊が東征の際、走水の海峡を渡ろうとした際に海神の怒りを買い、身代わりとなった弟橘媛命のために日本武尊が墳墓を造り、櫛を収めて橘の木を二株植えたのが、当社の始まりといわれています。後方に古墳があり、昔はそこがご神体で本殿はなかったようです。
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今は、銅板葺流造の本殿が見事です。
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こじんまりとした、静かな境内です。ご朱印は、宮司がおらず印刷したものをいただきました。残念。

2011-05-14

稲毛浅間神社
































自宅の近く 「稲毛浅間神社」を参拝。鳥居を抜けて坂道の参道をあがるといくつかの境内末社が見えてきます。

緑が多く、すがすがしい気分になります。さらに階段を上がると、手水舎がありますが、その一段上の境内への階段下に設けられています。珍しい配置です。




















この近くに10年住んでいて初めての参拝でした。




















神紋は「桜」ではなく、千葉氏の家紋「九曜紋」でした。

2011-05-07

日光二荒山(ふたらさん)神社~中宮祠

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日光二荒山神社は、新宮・本宮(別宮)・中宮祠・奥宮・瀧尾神社(別宮)とに別れています。中禅寺湖のそば男体山の下に鎮座するのが「中宮祠」です。そして男体山に奥宮があります。日光二荒山神社のご神体は「男体山」「女峰山」「太郎山」となります。中宮祠は、二荒山大神~大己貴命・田心姫命・味耜高彦根命の三神すべてを祀っています。男体山=大己貴命、太郎山=味耜高彦根命、女蜂山=田心姫命となります。大己貴命と田心姫命は夫婦。味耜高彦根命は、その息子です。
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神門への階段の脇を見事な杉の木が固めています。神門をくぐると中門があります。
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当社のご神紋は「三つ巴」のようです。
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中宮祠からは、奥宮へ向かう登山口があります。ちょうど開山日のようですが、さすがに人はまだいませんでした。
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急な階段が続いていました。
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本殿は、三間社流造のようです。
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