2014-10-25

伏見稲荷大社


今年3度目の京都。春にあまりの混雑ぶりに車を止めれず断念した「伏見稲荷大社」参拝してきました。

朱色の台輪鳥居と楼門が鮮やかです。日本一外国人観光客が多い「伏見稲荷」。実際、多くの西洋人達が訪れていました。


稲荷三座の祭神は、宇迦之御魂大神(下社・中央座)、 佐田彦大神(中社・北座)、大宮能売大神(上社・南座)。 さらに、田中大神(田中社・最北座)と四大神(四大神社・最南座)。 佐田彦大神に関しては、猿田彦神と考えられている。 田中大神は大己貴神。四大神は五十猛命・大屋姫・抓津姫・事八十神。

本殿は、流造。

神紋は、「抱き稲」。
そして狛犬の代わりに、狐様がいたるところに・・・。こちらは、稲を咥え「うん」の口許。しっぽには宝珠がついていました。


稲荷山山頂へ向かって有名な千本鳥居が我々を異次元の世界に導きます。あまりの人の多さに
撮影(無人)にも一苦労でした。



山頂まではいくつかの道があり、非常に多くの祠が祀られていました。山全体が神域なのです。
田植祭・抜穂祭が行われる神田では、稲刈りが済んだばかりでした。
きつね顔の絵馬

宇治神社・宇治上神社


伏見を後にして「宇治」まで足を延ばしました。こちらには、修復を終えた「平等院鳳凰堂」を観に。そして、式内社「宇治神社」「宇治上神社」参拝です。まずは、宇治神社へ。

ご祭神は「菟道稚郎子命(うじのわきいらつこのみこと)」。第十六代天皇。第十四代・応神天皇の異母弟。
手水舎には、ウサギの像がありました。祭神・菟道稚郎子命の名にちなんでいます。 当社は、菟道宮とも呼ばれており、ウサギの道のお宮なのです。

中門を配した本殿は「流造」です。
神紋は「三つ橘」紋。
こちらは、源氏物語宇治十帖に登場する早蕨の古跡と伝えられています。

宇治神社より少し山手に「宇治上神社」があります。


宇治神社を離宮下社、若宮と呼び、当社を離宮上社と呼んで 宇治神社、宇治上神社を両社一体の神社として 宇治鎮守明神と呼んでいます。

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こちらの目当ては、「本殿」。流造、桁行5間(正面)、梁間(側面)3間、檜皮葺きの建物内に、一間社流造の内殿3棟が左右に並ぶ他に例を見ない「国宝」。
しかし、なんと修復中。残念。

仮本殿にて参拝です。
こんな感じの本殿。観たかった!!
 
神紋は、こちらも「三つ橘」紋でした。

平安神宮

宇治から「京阪電車」に乗り「三条」へ。ここからトボトボ歩き「平安神宮」へ。
参道に建つ大鳥居。高さ24m、幅18m。

平安神宮は、実は新しく明治28年(1895年)に平安京遷都1100年を記念する事業の一環として、かつての都の中心であった朝堂院を再現して造られたものなのです。

神門である応天門は、朝堂院の正門として建っていたもの。平安時代のオリジナルは左右に栖鳳(せいほう)翔鸞(しょうらん)という楼閣を備えたものだったので、現在のものより相当迫力があったかもしれません。

正面の大きな大極殿と、東の蒼龍楼(そうりゅうろう)も撮影。夕日を浴びて綺麗です。
右近の桜

左近の橘

平安神宮の御祭神は、桓武天皇です。昭和15年(1940年)には平安京最後の帝・孝明天皇が併祀されたことで、2柱の神様がお祀りされています。

2014-09-28

井草八幡宮


杉並区にある「井草八幡宮」を参拝。

青梅街道沿いにある。都内でも有数の広大な社叢を誇る。この地域一帯は遅野井とも称され、明治期までは「遅野井八幡宮」とも呼ばれていたようだ。創建は、平安時代末期といわれている。当初は春日神を祀っており、源頼朝が奥州討伐の折、八幡神を合祀して戦勝を祈願して以来八幡宮を合祀し、後年春日社を末社として奉斎するようになったとのこと。文明9年には太田道灌が石神井城の豊島氏を攻むるに当たり、戦勝祈願をしたと云い伝えられている。
一の鳥居を潜り南へ歩き、突き当りを右(西)へゆくと、美しい朱の楼門が待つ。
境内を更に進んで今度は北へ向きを変える。



境内には、頼朝公が奥州征伐の際に立ち寄り戦勝祈願し、報賽として2本の松を植えたと伝えられています。現在の松は2代目で、以前の松は1本は明治初年に、もう1本は昭和48年に枯れてしまいました。衝立として回廊内に保管されているそうです。
神門をさらに潜り、拝殿へ。
本殿一体の権現造です。
神紋は八幡宮らしく「三つ巴」紋でした。

青梅街道に面する東の大鳥居は高さ9Mもある立派な明神鳥居でした。




大宮八幡宮



「大宮八幡宮」参拝。

源頼義により建立された。武蔵国の三大宮の1つで「多摩の大宮」とも呼ばれ、境内は15,000坪と都内でも3番目の広さを持つ。東京のほぼ中央に位置するため「東京のへそ」という異名も持つ。

御神水は「多摩乃大宮水」と称し、以前は自然に湧出したが現在はポンプで汲み上げている。



前九年の役のとき、源頼義は奥州に向かう途中、武蔵国にて空に八条の白雲をみて八幡大神の守護を感じたという。その後乱を平定した頼義は武蔵国に戻り、康平6年(1063年)に、八条の白雲をみた地に石清水八幡宮の分霊を祀り、当社を創建したとされる。



鎮座地の大宮という地名は、当宮の 神域が広大であったことから名づけられたそうです。
現在の境内も15000坪あるようだ。
神紋は、源氏の家紋 「笹竜胆」紋でした。
本殿は、望遠にて何とか千木・鰹木部分を撮影することができました。
こちらも、権現造のようでした。
覆い茂っているため、わかりづらいですが、二本の「銀杏」は夫婦銀杏と呼ばれています。
左・・・男銀杏   右・・・女銀杏

色づき始めたら綺麗なことでしょう。





2014-08-13

秋葉山本宮秋葉神社上社

朝、3時半起床。4時出発。箱根の右ルートが事故で通行止め。そのため予定より30分時間ロスしたが、8時に「秋葉山本宮秋葉神社上社」到着。静岡神社巡りの始まり。
標高866m 秋葉山山頂付近に上社はある。どうやら今朝の参拝一番乗りのようだ。
ここから階段を登っていくが、朝の空気が清々しい。そして緑が鮮やか。右手斜面の杉木立も来るものを圧倒する。
現在の祭神は火之迦具土大神(ひのかぐつちのおおかみ)。
火の幸を恵み、悪火を鎮め、火を司り給ふ神様です。
江戸時代以前は、三尺坊大権現(さんしゃくぼうだいごんげん)を祀(まつ)る秋葉社(あきはしゃ)と、観世音菩薩を本尊とする秋葉寺(あきはでら、しゅうようじ)とが同じ境内にある神仏混淆(しんふつこんこう)で、人々はこれらを事実上ひとつの神として秋葉大権現(あきはだいごんげん)や秋葉山(あきはさん)などと呼んだ。
階段を登りきると、荘厳な<西の閽(かどもり)>の神門が迎えてくれる。

神門入口の表・裏には見事な彫刻。表側は、玄武・白虎、裏側に青龍・朱雀。

本殿には、あと2段上に。黄金色の明神鳥居が朝日を浴びて眩い。

拝殿は、唐破風の向拝を持つ総檜の入母屋造。注連縄の重厚。
本殿は流造。拝殿を幣殿で繋ぐ権現造りのようだ。

神紋は「七葉紅葉」紋という。
霞んでいて分かりにくいですが、鳥居越しに遠州灘を一望できます。