2011-09-25

関東 神社の領域その2


より大きな地図で 久伊豆神社/鷲宮・鷲神社/氷川/香取 境界 を表示


関東神社分布。
埼玉県を中心に綾瀬川と元荒川の間に武蔵七党に由来を持つ「久伊豆神社」が多く鎮座している。そしてその北西が、鷲(鷲宮)神社群である。元荒川から西側は「氷川神社」群が広がり、綾瀬川から西には「香取神社」群が拡がる。関東独特の神社分布である。
(氷川・香取は、境界付近の神社しかプロットしてませんが、実際はその両端に多くの神社が点在しています)

2011-09-18

側高神社_香取神宮第一摂社

今日は、ゴルフにて香取・佐原方面へ。練習場で、試したクローズドスタンスが功を奏し、2か月ぶりの80台。とっいても45:44のギリギリ。まあでも満足。

さて、そのついでに早めに出発し、香取神宮第一摂社「側高神社」へ参拝。
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ご祭神は、高皇産霊尊・神皇産霊尊・天日鷲命・経津主命他とされているが、実は、古来より秘匿されていて不明なのだそうだ。「側高の神」としか言えないらしい。伝承では、香取の神の命により陸奥より馬2000匹を捕えて戻ったところ陸奥の神が追いかけてきた。そこで側高の神は潮干珠で潮を引かせ、馬を下総の地に渡らせた。馬を渡し終えると今度は潮満珠で潮を満たし、陸奥の神が追い付けないようにした。まるでモーゼ!!
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神紋は、十六菊と五七桐。香取神宮と一緒である。
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境内入口に、「四つの甕」というものがある。その瓶が、春の甕、夏の甕、秋の甕、冬の甕と呼ばれ、それぞれの甕の中の雨水量がその年の降水量を占うと伝わっている。
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本殿は一間社流造のようです。屋根は、銅板葺。昔は茅葺だったそうです。第一末社「大戸神社」は次回に。

2011-09-03

大生神社&鹿島神宮摂社_坂戸社・沼尾社

常陸風土記に曰く「下総の海上国造の領内、軽野より南1里と那珂国造の領地寒田より北5里を割いて、新しく神郡を置いた。そこにある天の大神の社、坂戸の社、沼尾の社、三処を合わせて、すべて香島の天の大神と言う。」
坂戸の社=天児屋根命、沼尾の社=経津主命である。天の大神の社のご祭神が不明とされているが、流れからすると健御雷之男神(タケミカヅチノオガミ)となる。

現在の、鹿島神宮=天の大神の社という説があるが、鹿島神宮には元宮とよばれた神社があり、それが「大生神社」である。この地域一帯を支配していた多(飫富・意富)氏一族の祖神を祀る神がもともとあり、それを藤原氏が神換えを行い遷宮させたのであろうか。大生神社の現在のご祭神は、健御雷之男神である。
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潮来の北側、霞ヶ浦・北浦に挟まれた場所に位置する。
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拝殿左には見事な神木が屹立している。
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本殿は、三間社流造、元茅葺にて、向拝をもつ曲線が独特の造りとなっている。

鹿島神宮の北のはずれ坂戸社・沼尾社がある。鹿島神宮跡宮とこの2社は南北に並んでいる。(跡宮はまたの機会に参拝したい)まずは「坂戸社」へ。
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奥深い林の中に、今はひっそりと鎮座してる。
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拝殿・本殿はちゃんとある。
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最後に、沼尾社へ。
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こちらも今は、草繁る林の中に。
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