2007年単身赴任先宮崎で土日の楽しみとして巡った「神社」の奥深さに惹かれ、それ以来神社探訪を続けています。神社の位置・ご祭神・神紋・鳥居・本殿を中心に気ままに書きなぐっています。ご訪問ありがとうございます。
2014-06-27
吉田神社
出張で来たついでに朝早く「吉田神社」を参拝してきました。
京都大学の傍、吉田山に鎮座しています。
一の鳥居を潜り、二の鳥居の先が階段です。
美しい新緑が眩しいばかりです。
境内には、神の使いといわれる「鹿の像」が置かれています。
こちらのご祭神は、
・建御賀豆智命 (たけみかづちのみこと、武甕槌命)
・伊波比主命 (いわいぬしのみこと、経津主命)
・天之子八根命 (あまのこやねのみこと、天児屋根命)
・比売神 (ひめのかみ)の四柱です。
そうです、春日神社の神様。吉田神社は、貞観元年(859年)、藤原山蔭が一門の氏神として奈良の春日大社四座の神を勧請したのに始まります。『延喜式神名帳』への記載はない(式外社)が、永延元年(987年)より朝廷の公祭に預かるようになり、正暦2年(991年)には二十二社の前身である十九社奉幣に加列されました。二十二社(下八社)の一社にして、旧社格は官幣中社。現在は神社本庁の別表神社です。
境内中央に、三の鳥居。その奥が拝殿。先に中門です。
中門より、奥に並ぶ「ご本殿」をわずかに拝することができます。4柱にあわせ、4つの本殿。勿論、「春日造」です。
神紋は「下がり藤」紋です。
そしてここから、元宮へ向かいます。吉田神道根本道場 末社斎場所大元宮。八角形の本殿に六角の後房を付した重要文化財。本殿の周りを長棟の延喜式内社三一三二社が取り囲み、天神地祇八百万神を祭っており、内院参拝で拝することができるのです。
社殿の奥の本殿の千木が美しく顔を出しています。
本殿は、八角形。屋根中央の妻に「日本最上 日高日官」の額が掲げられています。
もと神職卜部(吉田)家邸内にあったのを文明十六年(一四八四)吉田兼倶がここに移建したもので、吉田神道の根本殿堂をなすものです。
天正十八年(1590年)神祇官八神殿も社内後方に移され、江戸時代より明治四年(1871年)に至るまで朝廷の奉幣使派遣のとき神祇官代としてその儀式を執行しました。
本殿(重要文化財)は慶長六年(1601年)の建築で、正面八角に六角の後方を付し屋根は入母屋造・茅葺、棟には千木をあげ、中央に露盤宝珠を置き、前後に勝男木をおく特殊な構造をもっている。
この形式は神仏習合(神道と仏教の折衷調和)、陰陽五行(万物は陰
と陽の二気によって生じ、火木は陽、金水は陰、土はその中間にあるとし、これらの消長により大地異変・災事・人事の吉凶を説明)などの諸説を総合しようとした吉田神道の理想を形に現わしたものといわれます。
千木は前方(南側)が内削【うちそぎ】、後方(北側)が外削【そとそぎ】になっています。
棟に置かれた勝男木【かつおぎ】も独特です。
南半分は丸材を3つ重ねたものが3組置かれています。
北半分は角材が2組置かれています。
そして棟の中央部には露盤宝珠が取り付けられています。感動!!
2014-05-04
出羽三山神社
「桜を観に行こう」で始まった今回のもう一つの目玉「出羽三山神社」を目指します。
約10km手前に大鳥居があります。
麓に「随神門」があり、ここから有名な「五重塔」まで15分、かみさんも歩きますが、下りの時間短縮とかみさんの「パス」の一声で、かみさんは上の駐車場まで車で向かい境内で合流することに。
「隋神門】が見えてきました。ここから一旦下ります。
暫く歩くと神橋と祓川・須賀の滝が見えてきました。神聖なる山上と俗世を分ける境界です。
そして、「爺杉」。その向こうに「五重塔」が・・・
杉の間から、その壮麗な姿を望むことができます。
そして正面に。
とにかく感動!!ちょうど山伏姿の団体案内の方に出くわしました。
横からも写真を撮りましたが、五重塔よりも高い杉に囲まれている姿が圧巻です。
ここで、かみさんと一旦お別れ。2446段の階段を1時間かけて境内を目指します。
早速、朝日に包まれた杉並木の階段が待ち受けます。
急な階段が3か所。ときより緩やかな坂にホッと一息。
中腹には、休憩ができるお茶屋もあります。
日頃のゴルフで鍛えているが流石に足が重い。
最後の難所「三の坂」。あと少し・・・
見えてきました。山頂下鳥居。
到着。
かみさんと言えば、のんびりと駐車場横の喫茶で「コーヒーにアイスクリーム」で寛いでいました。
かみさんと言えば、のんびりと駐車場横の喫茶で「コーヒーにアイスクリーム」で寛いでいました。
かみさんと合流し、表鳥居から境内へ。
広大な敷地に巨大な本殿。
正面、鏡池から・・パチリ
近くによるとカメラに収まり切れません。
本殿は、修験道独特の合祭殿造。
左から湯殿山神社(ご祭神・・・大己貴命 少彦名命 大山祇命)
真ん中は月山神社(ご祭神・・・月讀命)
右手が出羽神社(ご祭神・・・伊弖波神<いではのかみ> 稻倉魂命)
ご神紋は「三つ巴」です。
境内には数多くの末社がならんでおり、圧巻です。
本殿左手には、開祖 蜂子皇子をお祀りする「蜂子神社」があります。
待望の出羽三山神社、参拝できてよかったです。
境内へ上った駐車場からは、晴れて美しい月山が見えました。大満足です
熊野大社(南陽市)
羽黒山を後にして、一気に南下。米沢に向かう途中にある南陽市の「熊野大社」に参拝。
参道の階段を上がると、千鳥破風に唐破風、両方の向拝をもつ茅葺屋根の見事な拝殿が。
千鳥破風の上には「鬼瓦」
神紋は「十四弁菊花心に三つ巴」紋。
こちらは、本殿裏側に三羽の兎が隠し彫りされています。「この三羽の兎を全て見つけるとお金に困らず、幸せになれる、願い事が叶う」と言い伝えられています。見つけたような気がしますが、確信が持てないです。
本殿は「一間社春日造」のようです。
熊野大社、見事な神社でした。
上杉神社
2014-05-03
赤神神社 五社堂
こちらは、同じく鬼が積み上げたといわれる宮崎の東霧島神社よりも大変。
我が家の鬼も必死で登っています。
到着直前に二の鳥居。
そして、ありました五社堂。
五社堂は赤神神社の本縁とされており、中央堂に主神として赤神を祀ったので、赤神神社の名称になったとされています。建保四年(1216)別当円転が霊夢に感じて鎌倉の右大臣源実朝公に請願、円転に命じて叡山山麓の山王上七社を勧請したもので二社廃れたので五社に配祀されたとされています。(ご由緒より)
各堂の名称は向かって左から、「十禅師堂」「八王子堂」「中堂」「客人(まろうど)権現堂」「三の宮堂」と呼称されています。
ご祭神である赤神は古くから「漢の武帝」であるとされているようです。これは、江戸時代に久保田藩士梅津利忠が撰した「本山縁起別伝」にあり、ほとんど通説になっているものです。おもしろい。
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