2010-09-20

南宮大社

昨晩は、久しぶりにおいしい伊賀牛のヒレステーキを食べ満足。早速、四日市が渋滞になるまえに名古屋へ向かう。かみさんと娘は、今回の目的の一つ(これが一番か?)、名古屋劇団四季の「オペラ座の怪人」に。私は、この時間を利用してまずは、美濃一之宮「南宮大社」へ。関ヶ原は南宮山の鬼門北東麓に鎮座している。
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ご祭神は「金山彦命」。鉱山・金山など、鉱物をつかさどると神いわれている。『延喜式』には「仲山金山彦神社」と記載されている。まずは、楼門が迎えてくれる。
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楼門をくぐると舞殿。その背後に拝殿。
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ご神紋は「三つ巴」。本殿は、「南宮造り」といわれる「権現造り」のようだ。珍しく千木・鰹木がないのが特徴。
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南宮とは?そもそも製鉄炉や鍛冶場の四方を取り囲む押立柱(おしたてはし)のうち、南方の柱を特に重要視していたためといわれ「南方の宮」=「ミナカタノミコト」で、諏訪大社が南宮といわれる所以だ。

多度大社

次に向かったのは、「多度大社」。まずは、坂道のでっかい一の鳥居が迎えてくれる。
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多度大社は、『延喜式』神名帳に「多度神社」の名がある延喜式内社で、伊勢国二宮と言われている。天照大神の御子神・天津彦根命を主祭神とする。階段の左手に土の坂、「上げ坂」とよばれる当社の例祭に行われる「上げ馬神事」が行われる坂があり、境内入口に白馬が。
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ご神域は、清浄そのもの。
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左手は本宮。右手は別宮となっている。別宮には天津彦根命の御子神「天目一箇命」が祀られている。本宮右奥には滝が流れ、格別の気を放っている。
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2010-09-19

富士山本宮浅間大社

お彼岸に加え、暫く入院していたおじいちゃんが退院したので、かみさんの実家 伊賀へかみさんと娘と車で帰省した。朝5:40の出発。厚木付近で少しの渋滞はあったものの順調な走行。せっかくのドライブなのでこの機会を捉え、一之宮巡り。8:00に駿河一之宮「富士山本宮浅間大社」に到着。
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残念ながら、鳥居左後方に見えるはずの富士山はこの日は隠れていた。ご祭神は「木花之佐久夜毘賣命」。浅間神社の主祭神はすべて「木花之佐久夜毘賣命」である。ご神体はもちろん富士山で、山頂に奥宮がある。主祭神としてもう一神「浅間大神(あさまのおおかみ)とあるが、富士山の神霊である。
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鳥居を抜け、参道を歩くと楼門が見える。ご神紋は「棕櫚の葉」。神霊の憑代で、富士大宮司の紋である。
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本殿は、その名をうつす「浅間造り」。
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正面五間側面四間寄棟造の社殿(宝殿造り)の上に、三間社流造の本殿が建つ、二重の楼閣構造となっている。
千木・鰹木は「男神」を顕す数と形となっている。浅間大神を主に意識しているのだろうか?
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富士山のお膝元らしく、湧き水がある「湧玉池」が印象的であった。

椿大神社(つばきおおかみやしろ)

東京から、伊賀まで名だたる神社がいくつもあるのだが途中下車は料金が嵩むうえ、かみさんと娘のブーイングもあり、神社巡りは2社に限定された。もう一社選んだのは、伊勢一之宮「椿大神社 つばきおおかみやしろ」。鈴鹿市に鎮座する。
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ご祭神は「猿田彦命」。猿田彦大本宮とも呼ばれている。(全国、猿田彦神社の総本宮)背後に聳える入道ヶ嶽を神体として鎮座している。
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灯篭を備えた趣のある参道を抜けると本殿が見える。
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ご神紋は「三つ巴」のようだ。当社は、本殿右手に、朱色の美しい別宮・椿岸神社をもつ。ご祭神は猿田彦命の妻神である「天之宇受女命」。
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故松下幸之助は、この清浄なる宮を好まれ、何度も参拝されていたらしい。境内には「松下幸之助社」もあるとのこと。

2010-09-11

意富比神社(船橋大神宮)

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今日は、朝一で床屋へゆき、その足で延喜式式内社「意富比おおひ神社」を参拝。またの名を「船橋大神宮」。ご祭神は天照坐皇大御神。日本武尊東征のとき、葛飾郡湊郷(今の船橋)で戦い劣勢になったとき海上で光るものがあり、舟の中に安置した神鏡の前で矢を放ち勝利した、その神鏡を湊郷に祀ったとある。
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社名となっている「意富比」の由来については、大火あるいは大炊の意で食物神とする説。大日の意で、お天道様(太陽神)とする説、夕日を真正面に受ける高台にあることなどから夕日とみる説などの説がある。私は、日本最古の皇別氏族である多氏(意富氏)が関係しているのではないかと踏んでいる。上総・鹿島神宮のある常陸は意富氏が治めていたといわれているし。千葉氏は、この多氏の末裔だ。さて御朱印をもらう時にご神紋を尋ねると「不明」とのこと。そんなことがあるのだろうか。八陵鏡紋ににているのだが、中が円で少し違う。いずれにしても神鏡をかたどったものであることには間違いないだろう(下のご朱印に神紋があります)
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しかし、朱印をもらう時に、その他色々尋ねたが、ここの方々は正直何も知らない。まったく・・・・

2010-08-11

玉作湯神社

さて旅行の最終日。まずは玉造温泉のそばにある式内社「玉作湯神社」からスタート。
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御祭神は出雲玉作の祖である櫛明玉神。出雲玉作部は、阿波の忌部氏の流れで安房国と同族だと思われる。神紋はめずらしいもので「丸玉菅玉勾玉」という。写真↓
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触って祈れば願いが叶うと言われる願い石があることでも有名らしい。
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佐太神社

今回の旅行でどうしても参拝したかったのがこの出雲國二ノ宮「佐太神社」。
玉造から一度、宍道湖東面を通り抜け松江市の北に向かう。
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神名備の朝日山を背に東面する姿は、勇壮かつ厳粛。ご祭神は、佐太大神。そして御本殿三社に十二柱の神々を御祀りしている。各本殿毎に神紋をもつ。
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正殿は「地紙」紋・・・佐太御子大神・伊弉諾尊・伊弉冉尊・事解男命・速玉男命
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北殿は「輪違い」紋・・・天照大神・瓊々杵尊
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南殿は「二重亀甲」紋・・・素盞鳴尊・秘説四座
もともとは、佐太大神のみだったと言われている。ご祭神も時代によって替えられているようだ。ご朱印をもらう時に、権禰宜さんに「社紋」もあるのか尋ねると「十五本骨檜扇」紋ということだった。
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しかし、3つ並ぶ大社造りは、見るものを圧倒する。南殿の入口が、珍しく左につけられていたので、尋ねると日本でここ以外にないとのことで、当時の宮大工の「美的感覚」ではないでしょうかという答えであった。なるほど。しかしそれだけの理由だろうか?宿題にしておこう。当社では、出雲大社の後を受け継ぎ「神在祭」が行われる。(11/20夜~11/25夜)さて「佐太大神」は現在では「猿田毘古大神」と定義されているが、最後にそれだけは、ありえないということを書いておきたい。

このあと再度、松江市内のもどり、お盆のお供え物を各実家に送るため「彩雲堂」という和菓子店へ。松江は、金沢に次ぐ和菓子の盛んな町らしい。(松江藩七代藩主 松平出羽守治郷 不昧公が茶道を極めたことから始まっているとのこと)。ここで抹茶と和菓子(代表的な若草という和菓子)を頂く。おいしい!!

賣布神社

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松江市内にある「賣布神社」を参拝。ご祭神は「速秋津比賣神(はやあきつひめのかみ)」で、めったにお目にかかれない神社ではないだろうか。速秋津比賣神は、祝詞『大祓詞』の中・・・・・大海原に持ち出でなむ 此く持ち出で往なば 荒潮の潮の八百道の八潮道の潮の八百會に坐す速開都比賣と言ふ神・・・・・にでてくる神様で水門を守る神様です。ここでは、松江新大橋のたもとに鎮座していました。神紋は「二重亀甲に花角」紋のようです。剣がありません。社号の「めふ」とは海藻や草木の豊かに生い茂る所ということらしいです。~ご由緒より
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このあと島根県立美術館に立ち寄り、砂浜の兎の写真をパチリ。2番目の兎を優しくなでると願いがかなう?というご利益が。

八重垣神社・神魂神社

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南へくだり、まずは最近、縁結びでとりわけ若い女性に人気の「八重垣神社」へむかう。さすがに大勢のカップルや若い女性が多い。宝物殿で、素戔嗚、稲田姫の壁画を拝観。とりあえず鏡の池も寄ってみた。
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こちらにも日本最初の和歌の石碑が見られた。
ご祭神は、もちろん素盞嗚尊 櫛稻田姫命。神紋は「二重亀甲に剣花角」。
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そして、日本最古の大社造りをもつ「神魂かもす神社」へ
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ご祭神は「伊弉冊大神 」神紋は「二重亀甲に有」。有は、神在月の十月を顕す。
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さすがに荘厳なおもむき。参拝者は残念ながら誰もいない。寂れてはいるが堂々とした本殿に思わず声を失う。国宝です。写真のように屋根の上の千木が水平に切られているのが女千木です。伊弉冊大神が祭神ですから。出雲大社の大国主は、参拝者から見て右すなわち西を向いているのは有名ですが、こちら神魂神社の伊弉冊は、逆に左を向いて鎮座しています。本殿は東面していますから、北をむいて鎮座しているということです。なぜ?
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当然ながら、本殿内部の壁画はみれないのだが、感無量!!

出雲大社の本殿の天井絵「八雲」は、実際は、7つしかない。この神魂神社の天井絵は「九雲」。出雲大社から神魂神社へ1つが飛んでいったという話もある。それは眉唾だろう。たぶん易経による九こそ究極の数字だからだろう。もともと「八」というのは、分かれるという字で縁起はよくない。出雲には「八」がつきものだ。それは、天孫側が出雲を忌み嫌われるよう仕組んだものだと考えている。

真名井・六所・揖夜神社

ここから駆け足で、神社を廻る。このあたりを昔意宇の地と呼んでいたが、そこに意宇六社がある。神魂、熊野、揖夜、真名井、八重垣、六所神社がそれだ。すでに昨日、熊野を参拝。そして午前中に八重垣・神魂を参拝。残すは三つ。まずは、真名井神社へ。
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ご祭神は、伊弉諾尊 天津彦根命。天津彦根命とは、アマテラスとスサノヲの二神が天の真名井で誓約(うけい)をしたとき、アマテラスの髪や右手と左手に巻いた玉の緒をスサノヲが受け取り、かみ砕いてはき出した息の霧から現れた神様である。『出雲風土記』は宍道湖を囲むように4つの神奈備山の存在を記録している。その一つが現在の茶臼山であり、残りが仏経山、大船山、そして朝日山である。真名井神社は、出雲国・国庁跡付近に広がる、のどかな田園風景の中、茶臼山を神名備として鎮座している。神紋は「亀甲に有」。
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こちらも大社造りだが、祭神は正面を向いて鎮座しているとのことです。
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次に向かったのは、六所神社。細い道を探しながら進むが、一度通り過ぎてしまった。ご祭神は伊邪那岐命 天照皇大神 月夜見命 伊邪那美命 素盞鳴尊命 大己貴命と勢ぞろい。出雲国庁跡のすぐそばにある。出雲国総社だ。しかし残念なことにかなり寂れている。神紋はこちらも「亀甲に有」。
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社伝によると、当社は元、佐久佐神社といい、式内社・佐久佐神社であるという。よって、かつての主祭神は青幡佐久佐彦命であったという。
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本殿、右奥に「佐九佐社」の石碑があった。

さて六社最後の参拝先は「揖夜神社」
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こちらも古びているが、かなりの規模の神社だった。本殿は、みごとに囲われていたが脇から拝することができた。
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かなりりっぱな大社造りだ。こちらも女千木である。ご祭神は、伊弉冉命 大己貴命 少彦名命 事代主命の四神。黄泉比良坂とされている入口がこの神社の近くにあるのだが、残念ながら寄ることはできなかった。神紋は「二重亀甲に剣花角」だ。写真の本殿手前に見えるのが、境内社・韓國伊太氐神社でこれも式内社である。スサノオノミコトとイタケルノミコトの2神を祀っている。これにて六社参りは終了。ここから、足立美術館へと足を延ばすことに。

能義神社・美保神社

出雲での、神社めぐりもあとニ社を残すのみとなりました。まずは、足立美術館から2-3kmの「能義神社」へ。
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御祭神は、天照大神の第二子、天穂日命。出雲国造八十三代の御孫千家宮が親しく参拝され、御祖神の御神威を奉載されています。神紋はこちらも「二重亀甲に剣花角」。出雲の国には、四つの大神が存在したと言われています。 その四大神とは「所造天下大神(大国主神)」 「熊野大神」 「佐太大神」 「野城大神」の四神です。これにて、四大神をお祭りする神社もすべて廻ることができました。 
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最後の参拝先「美保神社」へ。
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台風が近付いており、帰りの飛行機を心配しながらの参拝となりました。風が少し強くなってきており、時折小雨も。
ご祭神は、三穂津姫命・事代主神です。そして神紋は「二重亀甲に三の字」。しかしこれはどうらや社紋の様である。
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ニ棟並んだ本殿をみると三穂津姫命の神紋は「二重亀甲に渦雲」
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事代主神の神紋は「二重亀甲に三つ巴」の様です。
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来るまで知らなかった。それにしても見事な社殿(比翼大社造り)でした。

これにて、島根20社めぐりは終了です。飛行機搭乗まで少し時間があるので、境港の水木しげる記念館によってきました。金沢在住の時に家族でいった時には記念館はまだありませんでした。なんとか台風の影響もなく無事帰宅です。最後に空港でカレーそばを食べたのですが、おいしかった。そしてなんと蕎麦屋とは思えないBGM。すべてモーツァルトの曲。それも有名どころのレクイエム・魔笛序曲だけでなく、フルート協奏曲第4番1楽章、バイオリン協奏曲第5番第3楽章、フルートとハープシコードの協奏曲第1楽章、バイオリンとビオラのための協奏曲第3楽章と多彩な選曲。参りました。