2015-03-05

江島神社


長年、千葉在住ですが初めて「江の島」へ。朝は晴れ渡り富士山も綺麗に観る事が出来ました。
「江島大明神」の文字が独特の雰囲気を醸し出しています。

朱の鳥居と瑞心門。龍宮城を模した楼門です。江島神社は、言わずと知れた日本三大弁財天の一つ(厳島神社・竹生島神社)。弁財天は、宗像三女神(奥津宮の多紀理比賣命(たぎりひめのみこと)、中津宮の市寸島比賣命(いちきしまひめのみこと)、辺津宮の田寸津比賣命(たぎつひめのみこと)をお祀りしていますが、江島大明神として仏教との習合により弁財天女となり、海の神、水の神の他に、幸福・財宝を招き、芸道上達の功徳を持つ神として、今日まで仰がれています。
エスカー(江ノ島シーキャンドル展望台込み:ひとり750円)を利用して島を登っていきます。(花粉症のママ)
まずは、辺津宮から。賽銭箱がおもしろい。巾着の形をしています。(相模彫り)神紋は「波に三鱗」紋です。
御朱印は、こちらのみで「江島神社」「弁財天」の2種類を書いていただきました。


本殿の左側にある八角のお堂は、神奈川県の重要文化財に指定されている八臂弁財天(はっぴべんざいてん)と、日本三大弁財天のひとつとして有名な裸弁財天の妙音弁財天(みょうおんべんざいてん)が安置されている奉安殿です。
エスカーを乗継ぎ「中津宮」へ。
社殿、左手奥には「水琴窟」がありました。水を流すと美しい音色を聴くことができます。
ここから「山ふたつ」と呼ばれている瓢箪のようにくびれのような場所を歩くこと7-8分。

「奥津宮」へ到着。
この奥に「龍宮」なるお宮があります。<わだつのみや>です。

岩屋本宮の真上にあたる場所で、平成五年(1993年)、崇敬者の御篤志により建てられたお宮です。御祭神は龍宮大神。江の島は、湧出以来、龍神の坐すところとなり、古来、龍神信仰は弁財天信仰と習合されていました。

ここから、さらに富士を眺めつつ「岩屋」に向かいます。


江の島弁財天信仰の発祥の地です。



思ったよりも大きな洞窟でした。

最後にせっかくなので「シーキャンドル」へ。

東側のヨットハーバー

北側の江島弁天橋

南側 太平洋





伊豆山神社



関八州総鎮護 式内社<伊豆山神社>に参拝しました。こちらのご祭神は、「正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊」、「拷幡千千姫尊 たくはたちぢひめのみこと」、「瓊瓊杵尊」です。
正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊は、アマテラスとスサノオとの誓約の際、スサノオがアマテラスの勾玉を譲り受けて生まれた五皇子の長男。拷幡千千姫尊は、古事記では萬幡豊秋津師比売命(よろづはたとよあきつしひめのみこと)と呼ばれ、高皇産霊尊の娘で天忍穂耳尊の妻。瓊瓊杵尊はその子供で、言わずと知れた天孫降臨の神様です。
手水舎に白龍・赤龍が。伊豆山の地底には赤と白の龍がいるという言い伝えがあり、赤は火の神様、白は水の神様という。

高台にある境内は、さほど大きくありません。
本殿は三間社流造でした。

神紋は「九曜紋」
境内の左手には、頼朝と北條政子が恋を語らったとされる腰掛石がありました。
時間の関係で、本宮社(往復40分)へは登れませんでした。
境内からは、伊豆の海と初島を観る事が出来ます。

八幡宮来宮神社

「八幡宮来宮神社」を参拝。伊東市の南側 伊豆高原駅近くに鎮座しています。式内社 伊豆國賀茂郡 伊波久良和氣命神社 論社です。銅製の鳥居の奥に朱色の神門(冠木かぶぎ門)があります。お城や武家屋敷に多く見られるもので神社には珍しいかもしれません。
神紋は「丸に矢じり付き違い矢」紋。
八幡宮としての「三つ巴」紋もあります。来宮神社・八幡宮との合祀によるものでしょう。
ご祭神は誉田別命(八幡宮)と伊波久良和気命(いわくらわけのみこと)(来宮神社)です。

境内に入ると驚きに包まれます。凛とした空気の中、境内全体が斜面に造られており、境内イコール参道といった雰囲気です。

拝殿左手には、巨木の杉の木が目を見張ります。
本殿は、二間社流造のようですが、覆屋に覆われており写真には撮れませんでした。
二間社は珍しいですが、理由は向かって右に八幡宮、左が来宮が 祭られているからと思われます。
参拝者は誰もいませんでしたが、ここは、神社好きにはたまらない空気感をもった素晴らしい神社でした。

2015-01-11

浅草神社

浅草神社参拝してきまいた。なんと初「浅草神社」です。

ご祭神は、土師真中知(はじのあたいなかとも)命・檜前浜成(ひのくまはまなり)命・檜前武成(ひのくまたけなり)命です。

推古天皇36年(628年)、檜前浜成・武成の兄弟が隅田川で漁をしていたところ、網に人形の像がかかった。 兄弟がこの地域で物知りだった土師真中知に相談した所、これは観音像であると教えられ、二人は毎日観音像に祈念するようになった。 
その後、土師真中知は剃髪して僧となり、自宅を寺とした。これが浅草寺の始まりである。 
土師真中知の歿後、真中知の子の夢に観音菩薩が現れ、そのお告げに従って真中知・浜成・武成を神として祀ったのが当社の起源であるとしている。
 
明治の神仏分離により浅草寺とは別法人になり、明治元年に三社明神社に改称、明治5年に郷社に列し、明治6年に現在の浅草神社に改称されました。
さすが三連休。浅草はかなりの人手。参拝もかなりの行列でした。

三社祭り(毎年5月)の神輿。豪華絢爛です。

神紋は「三つ網」紋。

本殿は、関東のお膝元だけに権現造です。
本殿右奥には「被官稲荷神社」がありました。被官稲荷神社正面の鳥居は新門辰五郎により奉納されたものだそうです。

2015-01-10

香取神宮 初詣 (with摂社・末社)


下総国住人として恒例の香取神宮初詣。

10日ですが、流石に参拝客は多いです。

本殿の美しさは相変わらずです。
おみくじは「吉」。お守りは、災難除守「要石」のお守りを購入しました。

さて、今回の参拝は、境外摂社・末社の制覇です。2011年に「側高神社」「大戸神社」の参拝を済ませているので、その他を廻ってみました。
その前に、要石の参拝。


そして奥宮(経津主大神荒魂)を参拝。あれだけ多くの参拝者がいるのに誰一人いません。
皆さん勿体無い。

こちらのエネルギーは、半端ないです。


ここから、香取神宮の手前すぐそばにある「摂社 又見神社」へ。

こちらは、香取神宮 ご祭神 経津主大神の子神「天苗加命 あまのなえのますみのみこと」をお祀りしています。別名「若御子神社」。
本殿右横には石室があり「又見古墳」と呼ばれています。



















朱色でありながら厳かな流造の本殿でした。

続いて香取市津宮地区にある末社「忍男神社」「沖宮」「膽男(まもりお)神社」へ。
「忍男神社」は、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)をお祀りしており、「東の宮」ともいわれています。古くはここで夏越の祓を行なったそうです。

すぐそばに「沖宮」があります。
自分の影が映ってしまいました。「沖宮」は、綿津見命をお祀りしています。海の神様です。

そして「膽男(まもりお)神社」。「西の宮」と呼ばれ、大名持命(おおなむちのみこと)をお祀りしています。

香島の海は、この三社によって守り鎮められ、また監視されているのでしょう。

この三社の北に「津宮浜の鳥居」があり、
経津主大神は、海路ここから上陸されたと伝えられ、往昔の表参道口でもあります。

こちらには与謝野晶子の石碑がありました。
かきつばた  香取の神の津の宮の  宿屋に上る板の仮端 



最後に、神宮のかなり西。大栄ICの方向に摂社「返田かやた神社」あります。ご祭神は軻遇突智神(かぐつちのかみ)、埴安姫神(はにやすひめのかみ)で、こちらでは、一万灯祭が有名だそうです。「江戸時代から続く祭りで、たくさんの灯籠に火を灯し、家内安全、五穀豊穣を祈願する神事が厳かに行われるようです。

参道両脇に諸国一の宮の石の祠が並んでいます。68か国+伊勢の皇大神宮(内宮)と・豊受大神宮(外宮)を加えて合計70基あります。
本殿は、美しい一間社流造でした。

これにて、本日の充実の初詣終了です。